人生をともにする物語
第一回 金婚式のお祝い

  • #人生をともにする物語
  • #客室係
  • #有馬グランドホテル

毎日、多くのお客様をお迎えする中の坊。お客様一人ひとりに今日ここに来られた意味があり、そこには人生の物語があります。その一つひとつに寄り添い、物語の一ページに花を添えるのが私たちの使命です。大きな責任と使命を胸に、私たちは今日もお客様をお迎えします。

かけがえのない一日を
ともにする責任と喜び

その日、お客様はご夫婦で宿泊されることになっていました。お二人は、金婚式のお祝いでお越しになるとのこと。しかし、当日お見えになったのは、ご年配の女性と、その娘さんらしき方のお二人。そこにお父様のお姿はありませんでした。「夕食の最後に、サプライズでこのケーキを出していただけませんか」。娘さんはこの日のために用意されていたお祝いのケーキを、客室係の私にそっと渡してくださいました。お父様はどうなされたのだろう。そんな疑問を抱きながらお食事のご用意をしていると、テレビの前に写真が一枚飾られていることに気付きました。そこに写っていたのは、お父様らしき方のお姿。その瞬間、お越しになられなかった理由がわかり、この後のサプライズへの緊張が一気に高まりました。

そうこうしているうちにお食事は最後のフルーツへ。私は気持ちを引き締め、サプライズのケーキを客室にお持ちしました。「お母さん、今日何の日だか覚えてる?」。娘さんからの問いに、首を傾げられるお母様。「お父さんが生きてたら金婚式でしょ」。娘さんがそう言われた瞬間、お母様の頬を涙が伝いました。それを見て、涙を流される娘さん。私の目からもずっと堪えていた涙が溢れ出しました。お客様にとってかけがえのない一日を、ともにできる。この日のような出来事に立ち会うたびに、この仕事を選んで本当に良かったと心から思います。



その瞬間瞬間で、お客様が求めておられることを考え、おもてなしをする。 利休七則にある「茶は服のよきように点て」に則ったおもてなしを心がけています。